2012年3月24日土曜日

ほんとのところ

原発事故後、2か月で福島県に帰ることを決断したことで、


「結束がつよい」とか「家族の絆を感じる」とか


言われることがありました。


実はその度に、少し違和感を感じていたりもしました。


結婚して3年が経って、4年目。


震災直後は3年目でした。


正直、私たち家族は、まだまだ だと思います。




あんなことがあって まだ1歳にもなっていなかった息子と福島で暮らすことに


不安を感じなかったわけではないし、他の選択肢を考えたりもしなかったわけではありません。


避難中、いつ帰ったらよいのか、これからどうすべきか、


夫と電話で話そうにも、彼は被災した職場の対応に追われるのに精いっぱいで、


夜帰ってきてからそんな話をするには疲れすぎていました。


あまりまともにはに話せなかったと思います。




話は少し飛ぶけれども、ここで父の話。


父は、再婚したのちの妻や子供と離れて暮らした時期があります。


弟たちが小学生になるまで新潟で家族一緒に暮らしていたけれど、


彼らの中学受験を機に(だと思うのだけど)京都に住まいを買って引っ越しました。


その後数年、どのくらいの間かは詳しく覚えていないけれど、父は新潟でひとり住まいをして


奥さんと子供たちは京都で生活させていました。


子どもの教育のためと言っていたけれど。


かといって故郷に建てた家もほうっておけないから、そういうスタイルを選択したのだと思います。




私たちがいまこういうことに直面して、思うのだけれど。


夫婦が離れて暮らせるというのは、それだけの絆があるからできることなんじゃないだろうか。


同じくらいの期間を夫婦としてすごしたのちでなければ 分からないけれど。


やっぱりある程度長く一緒に生活していなければ、そこに居なくても「家族だ」という安定感は生まれない気がします。


親と子だって、きっとそうじゃないかな、と思います。




そういう意味で、私たち家族は、家族としての絆を一日一日と築いているわけで、


まだまだその絆が未熟だからこそ、一緒にいるのだと思います。

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