2012年6月21日木曜日

その言葉は突然に

今日は息子がお風呂の途中で眠くて泣き出してしまい、自分の体を洗う間もなく出て寝かせにかかった。


寝付いた後、もう一度お風呂に入りなおした私。


湯船につかっていると、脈絡もなく、心に浮かんできたのは。




「なんて愛情に溢れた人だったのだろう、って 目の前でその人が死のうというときになって分かるのよ。」




これは、私が高校生の頃よく遊びに行っていた友人宅のお母さんが言ったことだ。


その時期、私はなにかと母とうまくいっていなくて、その人のことをどこか母親のように慕っていた。


それは、彼女が父親のことを思い出して言った言葉だった。


愛情を表現するのが下手なひともいる。だけど、ああ、なんて愛情豊かな人だったのだろうって、


相手が死ぬときになって気がつく。


そういうことを言っていた。




私は父のことを思い出していた。




父は、病気が悪くなり自分の死期を悟って、身辺整理も落ちついた頃 「悪い父親だった。許してくれ。」と私に向かって詫びることが幾たびかあった。


見舞いに行ったときにも 「俺たち夫婦の諍いで お前たちは片親になった。すまなかった。」と背中を丸めて詫びていた。


元気な頃の父という人は、子供に面と向かって真剣に詫びを言うような人ではなかった。


たとえ自分が悪くても、堂々として、そういう態度が正しいのかは分からないけど、それはそれで威厳があった。


だけど、その時の背中を丸くした父は なんとも憐れに見えた。


病気が その人の誇りまで蝕んで、死の影を濃く映し出しているようだった。


ほどなくして、父は寝たきりになった。




父が亡くなる前後にあの言葉を思い出すことはなかったのに、今夜ふと心に甦ってきた。


だけど衰弱した父の姿を前にしても、「ああ、なんて愛情に溢れた人だったんだろう。」なんていう気持ちにはならなかったなぁ。


事業をやめたあと、株取引で生計を立てていたようだけど、911のテロのとき大損して「家を売るからな。」と言いに来たことがある。あの時はとても不安になって、将来の夢に対しても絶望した気持ちになった。


両親の諍いにしろ、なににしろ、常にそういうふうにして、私ではどうにもできないような問題を言ってきては私を悩ませてきた。


そのせいか、たぶん どこか私は冷静で、友達のお母さんが言ったような切なくて温かい気持ちにはなれなかったのだろう。




なんの脈絡もないけれど。


たまには こんなかたちでも 思い出している。父のことを。


もしかすると 父はまだ私たちに詫びているかもしれない。












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